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内川聖一の年俸2020年俸推移と成績と経歴や契約更改と今後の予想も

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福岡ソフトバンクホークスの生え抜き選手の代表格でもある内川聖一選手。

嘘です。

2011年からFA移籍してから中心選手として大活躍を見せる内川聖一選手。

選手としてもいよいよ晩年に差し掛かっている日本最高の打撃職人は、いったいどれだけの給料を手にしているのでしょうか?

その年俸推移と成績に経歴、すべてをぶっちゃけて紹介します!

 

内川聖一の経歴は?

入団経緯まで

内川聖一選手は1982年に大分県で生まれ、お父さんがかつて南海やダイエー、晩年は楽天でも活躍を見せた吉田豊彦さんを指導していた関係で内川聖一選手も野球に興味を持ちました。

大分工業高校時代は、大型ショートとしてドラフトの注目株に上がります。

ただ、高校1年生の時からかかとの骨に穴が開く骨嚢腫に苦しみ、ドラフトでは指名回避のうわさも。

しかし2000年秋のドラフトで横浜ベイスターズに1位指名され入団。横浜との入団契約の際には、故障の治療を保障する条件が盛り込まれていたといいます。

もし広島から1位指名された場合は拒否をして進学することを表明していたとか。

すべては運命だったんですね。

プロ入りからブレイクまで!

2002年からは1軍でも活躍していましたが、小さな故障や体調不良に悩まされ、なかなか1軍に定着できずに苦しみました。

正式にレギュラーに定着したのは2008年。

開幕から絶好調で打率4割を維持するなど大活躍。

チームは内川聖一選手が退団するまで最下位に苦しみますが、その中で横浜ベイスターズは勝率.338で内川聖一選手は打率.378で首位打者を獲得。

WBCでも大活躍し日本の世界2連覇に大きく貢献しました!

その後も安定した成績を残し、FA権を獲得し福岡ソフトバンクホークスに入団。

「僕自身横浜を出る喜びがあった」

ソフトバンクに入団後、内川聖一選手の発言はぶっちゃけたことで世間から大きな反感を買いました。

  • 「僕自身横浜を出ていく喜びもあった」
  • 「ずっと最下位のチームにいて指導者になっていいのか」
  • 「ここにいたら自分がダメになると思った」
  • 「横浜の時は借金から始まっていた」
  • 「いなくなって初めてその存在の大切さみたいなものに気付くんじゃないですか」
  • 「セでは味わえなかったドーンときてガシャーンとやられる感覚」
  • 「去年まで負けても自分のせいではないと思うこともあった」
  • 「昨年までは優勝にかかわることがなかったので、今年初めて交流戦にMVPがあることを知った」
  • 「今まではやろうと思っても、まあいいかと流していた」
  • 「横浜では誰を信用して良いか分からなかった」
  • 「横浜だと勝っても借金が多くて喜べなかった」
  • 「ソフトバンクからの連絡でスタートラインに立てた、ソフトバンクに来て良かったと心から思った」
  • 「チームが勝ったうえで悩めるのは幸せな事だと思う 感謝だね」
  • 「何も緊張感のないところで戦うよりも、こういうところでプレーすることにやりがいを感じる」
  • 「昨年までマジックを減らすという経験がなかった」

もっとも当時は暗黒真っ最中であり、ファンも「これくらい言ってもらわないと球団も目が覚めない」などといった、むしろ内川に同調する意見が多かったのも事実。

そのほかにも当時の横浜はほかの選手たちからも、ぼろくそに言われていたことは記憶に新しいですね。

それではそちらもご覧くださいませ。

 

当時の横浜がいかにひどいかをご紹介!

工藤公康
「横浜の選手は練習しない」

那須野巧
「横浜時代は適当だった」

多村仁
「横浜時代は走り込んだことがなかった」

門倉健
「(野球少年達に)みんな、プロになりたいんだろ。チャンスはあるよ。でも、横浜はやめとけよ」

弥太郎
「横浜は練習での集中力も低いし、私服もきちっとしていない。もっとプロ意識を高めないと」

寺原隼人
「横浜では終盤は全てが終わっていたので、なかなかモチベーションが上がらなかった」

「横浜を出てよかったのかもしれない」

「一人ひとりの選手が自分に投資して、鍛えることが少ないのでは、と感じた」

古木克明
「(横浜在籍時から移籍希望があり)練習も身に入らなかった」

「横浜では熱くなれない自分が嫌だった」

相川亮二
「(ヤクルトの練習に関して)横浜はここの半分ぐらい」

「(ヤクルトに移籍して)構えたところにボールが来ることに感動した」

鶴岡一成
「(巨人の練習に関して)一軍の選手がこんなに練習するもんだとは知らなかった」

「(巨人に移籍して)このチームに来て初めて勝つための練習をした」

佐伯貴弘
「(中日の練習に関して)キツイキツイと聞いていたがやってる練習は(横浜と)全然違う」

仁志敏久
「どんどん自分が横浜に染まっていってしまっている気がする」

「ここにいると、自分までダメになる」

「最下位で学ぶことはない」

野口寿浩
「俺が出ないと勝てないとも思った」

スレッジ
「12球団で1番楽と聞いている」

「(日ハムに復帰して) 稲葉さん、金子さん、賢介をはじめ、チーム全員が勝つためにやっている。意識の高いチームに戻ることができて良かったと思います」

種田仁
「横浜は 中日に比べれば正直ぬるい雰囲気のチームでした。野球をしているときとそうじゃないときの差があまり感じられない集団でした。練習でも試合でもなんとなく始まってなんとなく終わるというか」

カスティーヨ
「シーズン中盤になって勝利への意欲がなくなると、みんな個人プレーに走ってしまった」

橋本将
「やっぱり(横浜への移籍は)間違いだった。」

「みんながやりたい放題。こんなチームがあったのか、と思った」

「試合中にベンチにいる選手が少ない」

「ありえないことが当たり前になっていた」

吉見祐治
「(ロッテに移籍して)久しぶりに野球をしていて嬉しいという感情を思い出した」

石井琢朗
「横浜から戦力外を受ける際、球団からコーチの要請は一切なかった」

盛田幸妃
「(2位阪神に逆転勝ち)横浜昨日もやりましたね。慣れました、プロ野球界の迷惑にならないようにお願いします。」

訳「前半に散々負けといて、ここに来て優勝争いを終わらせるような勝ちは迷惑。勝つならシーズン序盤から勝て」

中野渡進
「(順位予想について)横浜が最下位なことだけは間違いねぇよ。それ以外は知らねーよ。」

「うち(モツ鍋屋)に来るベイスターズファンも春先には『いっつもボロクソに言うけど、今年こそ行けますよ!』、『ついに予想が外れましたね!』なんてはしゃいでたけど、あいつら来なくなっちゃったな」

渡辺直人
「グラウンドは野球をやるところ。みんなの練習が終わってからやるならまだいいけど、周りが野球をやっているときにサッカーをやるのはおかしいと思う。楽天だったら、ぶちのめされているよ」

「普通、先輩が来たら緊張したり姿勢を正したりするでしょう? (横浜は)それもないんだから……」

キャンプ、那覇空港到着後、預けた荷物が出てくるのが遅く、到着ゲートをくぐった時には地元の歓迎式典も終わり、さらにチームバスも出発してしまっていた。ひとり寂しくタクシー移動
「こんなの初めて。置いていかれたことなんてないよ」

藤田一也
「まさか優勝を味わえるなんて思っていなかった。本当に楽天に来てよかった」

アーロム・バルディリス
「横浜時代は精神的に大変だった」

「オリックスで4年間の選手生活をするときは良かったが、横浜では監督と打撃コーチが打撃フォームを多く変えとして良くない結果を生んだ。横浜では私の背中を支える選手もいなかった。」

伊東勤
「どうして横浜は寺原を放出したのかわからない」

某セ・スコアラー
「どこのチームも(横浜戦)22試合で15勝前後を計算している。ウチだけ負けるわけにはいかないから」

古田敦也
「(鶴岡放出について)上位を狙うなら経験豊富な捕手は不可欠で、未熟な捕手で上位進出した前例だけはプロ野球史上皆無。そういう意味で今シーズンのベイスターズは厳しいですね」 」

落合博満
「巨人だったらオレンジのタオルを振り回しながら勝利の喜びを分かち合う。阪神ファンなら六甲おろしを歌いながら阪神電車で帰る。 神宮だったら傘を上下に振りながら東京音頭を歌う。中日なら燃えろドラゴンズ、広島だって♪勝った勝った…てのがありますよね。ファンの人にあれをやってもらうのが最大のファンサービスなんですよ。 あれ、横浜って何かありましたか?」

権藤博(1998年監督)
「同じプロでシーズン1勝2敗ペースなんて考えられない。負ける悔しさなんて通り越してるでしょ?これが俺が見てきたチームなのか」

高木豊
「横浜のキャンプを見に行ったら、帽子は取っているわ、スパイクを履いてないやつはいるわ、で、もうだらだらでしたから。」

「(中畑)監督言わく、黒羽根が良くなったが、嶺井というルーキーのリードが一番いいのではないかと想像して語ってくれたが、まだ1試合もマスクをかぶってなく、それは分からないだろ?と思いながら耳を傾けたが、相変わらず監督は決めつけが激しい(笑)」

高田繁GM
「打線をいじって何とかなる状況じゃない」

友利結(デニー)
「体力がないから、後のランニングを考えてピッチングで球数を減らすやつが何人かいる。すぐにでも2軍に落としたいと思っている」

「練習をやりたくてもできない。体力が高校レベルだから」

中畑清
「おはようって言ったら、おはようって返せよ!」

「攻撃陣の姿、形がほとんどプロのレベルではないなということで、結果がついてこない」

「状況によっても、工夫とかそういうものが、指示を出しても対応しきれないという姿になっている。かなり重症」

戦力外通告を受けた内藤について、事前に知らされていなかったため、球団に事情説明を求めた。

出る喜びを感じた男、プロ最高の技術屋へ!

ソフトバンクに移籍後も天才的なバッティング技術で大活躍。

2011年、14年、15年、17年、18年の5度の日本一に貢献し、その間2度のWBC日本代表として活躍しました!

また2018年には2000本安打を放ち名球会入りし、名実ともにプロ野球現役選手の中でも最高レベルの打撃技術を持つ技術屋として名高い男です。

https://twitter.com/erika_talent/status/1025414514999668736

 

内川聖一の成績は?

いかに内川選手がすごいかというのは、こちらを見ればわかるでしょう。

年度 所属球団 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 長打率 出塁率
2001 横 浜 3 2 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
2002 横 浜 42 73 66 11 22 4 1 2 34 7 0 0 3 0 4 0 13 1 0.333 0.515 0.371
2003 横 浜 45 161 150 20 47 5 0 4 64 18 4 4 6 0 5 0 13 1 0.313 0.427 0.335
2004 横 浜 94 369 338 55 97 11 1 17 161 45 2 7 12 1 18 0 42 7 0.287 0.476 0.322
2005 横 浜 90 262 234 33 64 11 0 5 90 23 1 1 6 1 19 2 36 10 0.274 0.385 0.332
2006 横 浜 124 439 402 41 115 15 2 4 146 34 8 3 7 3 22 5 64 9 0.286 0.363 0.329
2007 横 浜 92 274 247 24 69 17 3 7 113 29 3 4 4 1 16 6 37 9 0.279 0.457 0.337
2008 横 浜 135 544 500 83 189 37 1 14 270 67 2 3 5 4 31 4 49 7 0.378 0.54 0.416
2009 横 浜 132 552 503 65 160 32 2 17 247 66 1 5 2 4 42 1 56 16 0.318 0.491 0.369
2010 横 浜 144 637 577 75 182 36 4 9 253 66 1 2 3 4 47 6 51 17 0.315 0.438 0.371
2011 福岡ソフトバンク 114 463 429 48 145 21 3 12 208 74 4 0 0 7 25 2 48 3 0.338 0.485 0.371
2012 福岡ソフトバンク 138 567 523 44 157 21 3 7 205 53 6 4 0 7 31 6 36 12 0.3 0.392 0.342
2013 福岡ソフトバンク 144 633 570 76 180 33 1 19 272 92 1 0 0 5 46 12 47 23 0.316 0.477 0.376
2014 福岡ソフトバンク 122 534 488 50 150 26 1 18 232 74 0 0 0 7 34 5 48 5 0.307 0.475 0.354
2015 福岡ソフトバンク 136 585 529 60 150 24 1 11 209 82 1 0 0 7 45 4 55 24 0.284 0.395 0.34
2016 福岡ソフトバンク 141 605 556 62 169 19 0 18 242 106 3 2 0 9 38 2 53 27 0.304 0.435 0.345
2017 福岡ソフトバンク 73 300 266 31 79 13 0 12 128 50 0 1 0 2 32 0 26 9 0.297 0.481 0.37
2018 福岡ソフトバンク 71 296 281 27 68 11 0 8 103 30 1 1 0 3 9 3 32 6 0.242 0.367 0.27
2019 福岡ソフトバンク 27 112 107 14 28 2 0 2 36 4 1 0 1 0 4 0 8 4 0.262 0.336 0.288
通 算 1867 7408 6768 820 2071 338 23 186 3013 920 39 37 49 65 468 58 714 190 0.306 0.445 0.353

低反発球と呼ばれた統一球でありながら打率3割以上を記録した打撃技術とチームの中心選手として看板を張り続けてきたベテラン。

37歳となる今シーズンにも期待したいですね!

 

内川聖一の年俸推移

  • 2018~2019年:4億円
  • 2017年:3億5000万円
  • 2016年:3億3000万円
  • 2015年:3億円
  • 2014年:2億7000万円
  • 2010~2013年:1億7000万円
  • 2009年:8500万円
  • 2008年:3000万円
  • 2007年:3500万円
  • 2005~2006年:2500万円
  • 2004年:1850万円
  • 2003年:1500万円
  • 2002年:820万円
  • 2001年:840万円

こうしてみますと、1年目から順調に成長し、現在に至るまで実績に見合った年俸をいただいているといえそうです!

これは名誉生え抜き。

ただ、内川聖一選手の場合は、負傷などによる保証金などの行動や複数年契約という経緯もあり、一概には言えない状況でございます。

自分の体調や状況をしっかりと考慮に入れて考えているということでしょう!

 

内川聖一の年俸推移と成績と経歴や契約更改と今後の予想まとめ

まとめ
  • 波乱万丈なプロ野球生活も屈指の技術屋に!
  • 2000本安打も達成!
  • 「僕自身横浜を出る喜びはあった」はプロ野球界に残る名言!

まとめますとこんな感じでしょうか。

そもそもチームが弱いことは罪ですので、強いチームへ行くことは素晴らしいことだと思いますね。

恐らく引退後はコーチでしょう。わかりやすく指導をしてくれるのではと個人的には考えています!

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