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イチロー国民栄誉賞辞退!その理由と過去の受賞者と辞退者についても

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日本人で過去に頑張った人たちがもらえる、国民栄誉賞。

何と日本の国民栄誉賞をイチロー選手が受賞することになったのです!

 

が、イチロー選手から国民栄誉賞の辞退が通達されました。

令和初の国民栄誉賞も期待されていた中での辞退。

今回はなぜ国民栄誉賞を辞退してしまったのか、そして過去の受賞者と辞退者についてもご紹介します!

 

イチロー選手はなぜ辞退したのか?

過去にイチロー選手は2度国民栄誉賞を辞退しています。

初めて国民栄誉賞を辞退したのが2001年。メジャーリーグ1年目で首位打者とMVPを獲得したイチロー選手に当時の小泉内閣が国民栄誉賞を打診。

しかしこれをイチロー選手は辞退しています。

2004年、メジャーリーグの安打記録であったジョージ・シスラーの安打記録を更新した際にも国民栄誉賞受賞の打診を受けました。

なお、いずれの時も「野球生活を終わった時に、もしいただけるのであれば、大変ありがたい」という理由で受賞を固辞しました。

そして、今回の辞退理由は明らかになっていませんが、恐らくは今後もそのようなものに縛られたくないのかもしれません。

まあ、野暮ったいことが嫌いなのでこれくらいにしておきましょう。

 

国民栄誉賞を受賞した代表的な方

王貞治

元々国民栄誉賞を初受賞したのは王貞治さんでした。

王さんは元々日本人ではなく、かつて中国大陸にあった中華民国の出身で、日本国籍を保持しておりません。

この国民栄誉賞が制定されたのも、「日本人」ではない王さんの栄誉をたたえるためだったとも言われています。

長嶋茂雄・松井秀喜

2013年に同時受賞した長嶋茂雄さんと松井秀喜さん。

当時は受賞も疑問視されましたが、日本プロ野球のスター選手だった二人がこうして受賞したのはセンセーショナルでしたね。

羽生結弦

フィギュアスケート選手でもすでに伝説的な存在となっている羽生選手も国民栄誉賞を受賞しています。

史上最年少での受賞となり、今後も活躍が期待されます!

 

過去に辞退された人

実は国民栄誉賞を辞退された方も何人かいらっしゃいます。

古関裕而

作曲家として甲子園でも有名な「栄冠は君に輝く」や、早稲田大学の応援歌でもある「都の西北」を作曲し、他にもプロ野球チームなどの歌を作曲したことで有名です。

没後に国民栄誉賞の打診がありましたが、遺族の意向から辞退が発表されました。

福本豊

日本記録となる106盗塁を達成し、当時の世界記録であった1065盗塁を記録した「世界の福本」。

当時の中曾根内閣から国民栄誉賞を打診された際に「立ちションもできんようになる」と国民栄誉賞を辞退。

後に大阪府からの賞を受賞したことを考えますと、何とも自由な大阪のおっさんという印象ですよね。

自由奔放な福本さんのスタイル、嫌いじゃないです。

 

まとめ

いかがでしょうか?

今回はイチロー選手の国民栄誉賞を辞退した内容の記事をまとめさせていただきました。

纏めますと……。

  • 3度目の辞退。
  • 初受賞は王貞治さん!
  • 「立ちションできんようになる」といって断った人も

こちらのようになりました。

福本さんの自由奔放さは有名で、社会人時代にドラフト指名されたのを新聞で知ったり、奥さんが野球を知らずに「阪急電鉄」に就職したと勘違いしたり。

もしかして、イチロー選手は福本イズムを継承している……!?

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